祇園新地甲部歌舞練場について
都をどり開催場として、明治6年建仁寺塔頭清住院が歌舞練場として改造され、第2回目からここで行われました。
大正2年に現在の場所に移転し、昭和25年から3年間の修理の間は四条南座で上演された以外、
都をどりは現在に至るまで毎年この歌舞練場で上演され続けています。
歌舞練場の写真
歌舞練場の歴史
| 大正2年3月 | 現在の歌舞練場竣工 |
| 昭和19年(戦中) | 大型風船製造工場として軍用に供される |
| 昭和20年(戦後) | 戦後は一時京都府知事の要請により 進駐軍米軍専用ダンスホールとして使用される |
| 昭和28年 | 歌舞練場の大改造完了(1階平場席を椅子席に、一部桟敷席) |
| 平成10年9月 | 1階椅子席改装 |
| 平成13年8月 | 有形文化財 登録 |
歌舞練場資料
